吉川浩フォトワークス  
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2012年

桜覚書2012 (2012年4月21日更新)
2月は雪が多く(ほとんど積りません)、3月も結構雪がちらつきました。3月の最低気温は5℃以下が20日ほど、最高気温で15℃以上の日が8日ありました。2月の桜開花予想は3月29日前後。

3月27日(火)から15℃を超える日が続きます。祗園白川の早咲きの枝垂れ桜は29日に開花しています。桜はお日様に近いところから咲くのか、この祗園白川の枝垂れ桜は一番上の枝で開花してました。4月2日(月)に鴨川五条-七条間の桜で満開の木があり、祇園白川の大木の2本の桜も満開。開花から5日後。大慌てしました(笑) ちなみに祗園白川の桜は23日(以前は見ていません)には紅い花びらがのぞいてましたので、1週間後に開花しているようです。3月14日以降、最高気温は概ね10℃以上となっています。この頃につぼみが膨らみ出したのかな〜

4月3日(火)にソメイヨシノ開花宣言。尚、今年から標本木が二条城北の桜に変更されたようです。4月9日(月)にソメイヨシノ満開宣言。開花宣言から1週間。開花から満開になるまで5日前後から7日ほどでしょうか。開花宣言が出されてから15℃以上は4日。標本木が変更になってるから、以前までの統計資料との比較は難しいですが、開花は6日遅く(例年だと3月29日ごろ)、満開も4日遅く(例年だと4月5日ごろ)なってます。4月8日の週に京都市内のソメイヨシノは満開になったようです。

13日(金)、15日(日)の雨で散り始めています。雨でも20℃近くと高かったようです。満開から散り始めまで1週間もたないようです。気温が高い日が続くと早く散り始めるのでしょうか。ソメイヨシノ満開宣言が出されてから20℃前後の日が続いてました。そして、枯れてもいないのにどうして花が散かるのでしょう。無数の花びらが散る様を桜吹雪、花吹雪とはよくいったものでとても美しさを感じます。人には造り出すことのできない自然のなす業です。自然は本当に美しい。

『 紅枝垂れ桜 』の開花は遅いようです。ソメイヨシノが満開になったころに開花し始め、5日前後から7日ほどで満開になるようです。桜の種類で開花時期は異なりますが、開花してからはどれも同じような感じです。今春はソメイヨシノ満開宣言が出されてからずっと15℃以上の日が続いています。更に20℃超の日が6日もあります。

龍安寺石庭の桜で今回満開に出会えました。寄り添ってる白い桜は散り始めていました。とても穏やかな晴天の日です。なんと気温は25℃と夏日を記録してました。風はほとんどなく、そよ風がそよぐ程度。暑さからか、僅かな上昇気流みたいなもので起きる風で、『 ふわっ 』と花びらが無数浮かび上がり、はらはらと石庭に降り注ぎます。とってもゆっくりと降り注ぎます。桜の木から花びらが空に向かって飛び出すような様でした。きらきらととても神秘的な光景。見惚れて長居をしてしまい、目の前の光景に美しさを感じながらも、『 足るを知る 』と別次元のことを自分に言い聞かせて石庭を後にします。

気象によって桜の開花は前後しますが、おおまかな体内時計みたいなものがあるようにも感じます。そろそろ暖かくなる時期だと知ってるようです。ただ、今後、温暖化の影響でどうなっていくのでしょうか。最近の様子は全体に暖かくなるというよりも、暖かくなって更に寒暖の差が大きくなっているように感じます。寒さに今までにない冷気を感じます。長い時間を掛けて創られたその土地に適した人間の体。温暖化による短い時間による変化に人間の体はついていけません。遺伝子に組み込むにはあまりにも短い時間での劇的な気象変化。風土病もどうなっていくのでしょう。地球はなんともありませんが、地上の人間や桜を含めた生物はどうなっていくのでしょう。

それはそうと今春は4週間ほどの間に桜撮影の予定を入れています。開花から満開、桜の種類を考えると4週間前後見ることになりそうです。自然が繰り広げる世界のなんと美しいことか。しっかり寄り添えば答えてくれるように感じます。今はデータ頼りですが、五感で感じれるようになりたいものです。


追伸
温暖化問題で『 地球に優しく 』といわれてますが、温暖化問題は地球になんの影響もないでしょう。問題となるのは地球上の動植物、生物が生きていけるかどうかということ。『 地球に優しく 』というのであれば、石油などの化石燃料を掘り出している影響の方です。地球の質量が変わってきますので自転、公転に影響が出てくるのではないかと心配します。40年後に石油が枯渇するとかしないとか。想像して下さい。石油があったところが空洞になるのですから。人間の行っている生産活動は自然の歩みと比べるととてつもなく急激な変化をもたらしています。


追々伸
3月25日から上七軒さんの『 北野をどり 』、4月1日から祇園甲部さんの『 都をどり 』、4月7日から宮川町さんの『 京おどり 』、そして5月1日から先斗町さんの『 鴨川をどり 』と四花街で春のをどりが行われています。舞踊の流派、廓の伝統などからそれぞれの特色を感じて頂けるでしょう。また、芸舞妓さんの出番で舞台が違ったように見えます。それぞれの舞台を何度でも見てみるとより深く楽しめます。春の京都を楽しまれる際に是非をどりも楽しんで下さい。尚、秋の11月1日からは祇園東さんの『 祇園をどり 』が行われますので、予定して下さいね。五花街の芸舞妓さんがお待ちしています。
祗園は難し、寝るときも (2012年4月16日更新)
『 祇園 』 祗園という言葉はだれもが知っているのではないでしょうか。祗園という言葉を聞いただけで、それぞれの人の心に様々な情景が去来することでしょう。祇園町を訪れる観光客から『 映画村みたい! 』と言ってることを度々聞きます。『 作りものじゃないですよ。人が生活している町ですよ!! 』と思わず突っ込みたくなります(笑)

『 芸舞妓 』 特に『 舞妓さん 』という言葉を聞いただけで、日本髪に結い、花簪にだらりの帯の振袖姿を思い浮かべることでしょう。女性の憧れで、老若関係なく舞妓さんの格好をしてみたいというほどです。小さい女の子が目をキラキラと憧れて舞妓さんを見つめている姿を度々見ます。たまに泣いてる子もいますが(笑) をどりの舞台に登場したら一気に場内の明るさが増したようで、『 かわいい〜 』とそこここから声が漏れます。本物を見たことがある人、写真やテレビで見たことがある人、これまたそれぞれの人の心に芸舞妓さんへの想いが浮かぶことでしょう。

『 祇園 』や『 舞妓 』という言葉だけでどなたの心にもそれぞれの想いが浮かんでしまいます。それほどの強さをもっています。映像で見たらそれぞれの人の想いが重なります。よく見るありきたりな映像だとそれぞれの人の想いに負けてしまい、祇園や舞妓を思い出す切っ掛けになるだけで、じっくり見てもらえないでしょう。映像表現の一つの写真も当然同じです。ありきたりな写真だとちらっと見てもらえるだけで、その後は話のネタになるだけでしょう。かと言って奇抜な写真は一瞬目を引きますが、それは人間の本能であり、内容を理解するとその後はありきたりな写真以上に見向きもされなくなります。恐らくこれも本能的なことからでしょうが、奇抜さだけのものは生理的に受け付けないのではないかと考えています。奇抜さの中に内容を伴わせる術を今の私は持ち合わせていません。

『 祇園 』や『 舞妓 』と聞いて、見て、思い起こすそれぞれの人の想い以上のことを感じさせる写真を撮ることはとても難しいことです。人々の思いに沿った、裏切らない、見たことがある場所だけど初めて見るような光景だったりを表現して、少しでも長く見続けてもらえる写真を撮るにはどうしたらいいかと考えます。雨に濡れた石畳、宵にほのかに灯った薄明かり、緩やかな瞬間(トキ)が流れ静けさを感じる空間、宵明かりにかすかに浮かび上がる日本家屋の町家の並び。この様な情景を奇を狙わず、丁寧な構図で撮ることに臨みます。

祇園町そのものですので、ここに芸舞妓さんが写ってしまいますと先に書いたように人々の心に浮かぶ想いと強く結び付いて、ある種完結してしまいます。いろいろな要素が写り過ぎてしまうと『 説明写真 』になってしまい、見る人の心に感じる深みを失ってしまいます。そういうことで写真に芸舞妓さんを決して写さず、芸舞妓さんの存在は、写真を見た人に想像してもらうことで写真が完結するようにします。見たことがある場所だけど、見たことがない光景。そこは確かに祇園で、芸舞妓さんが行き来して、宵のころ、お茶屋さんでは御贔屓筋とお座敷が開かれていることだろうと思いを馳せ、都をどりの文字に生の喜びを感じる百花繚乱の舞台を思い浮かべてと、いろいろな気持ちが湧き上がるような写真を目指します。うっとりするような瞬間(トキ)の流れを感じてもらえたら私は大満足です。写真を見て、宵の祇園を見に行きたいと思ってもらえましたら大満足です。ただ一言付け加えますと、写真のような光景でさえ、なかなか見れないでしょう。少し前までは夜になるととても静かで穏やかなゆるりとした瞬間(トキ)に満ちた空間になっていましたが、今では夢のまた夢の光景でしょうか。

昼夜関係なく祗園に行かれたら心の目で見て下さい。想像して下さい。だれもいない花見小路、雨で濡れた石畳、ほのかに灯った明かり、舞妓さんのおこぼの音、お茶屋さんから聞こえてくる三味線や笑い声... とても緩やかで穏やかな瞬間(トキ)の流れを想像してみて下さい。そして私の写真を見たくなりましたら、私にとってこれほど幸せなことはありません。写真を見て思わず微笑み、心温かくなりましたら嬉しい限りです。


追伸
3月25日から上七軒さんの『 北野をどり 』、4月1日から祇園甲部さんの『 都をどり 』、4月7日から宮川町さんの『 京おどり 』、そして5月1日から先斗町さんの『 鴨川をどり 』と四花街で春のをどりが行われています。舞踊の流派、廓の伝統などからそれぞれの特色を感じて頂けるでしょう。また、芸舞妓さんの出番で舞台が違ったように見えます。それぞれの舞台を何度でも見てみるとより深く楽しめます。春の京都を楽しまれる際に是非をどりも楽しんで下さい。尚、秋の11月1日からは祇園東さんの『 祇園をどり 』が行われますので、予定して下さいね。五花街の芸舞妓さんがお待ちしています。
2012都をどりチケットについて (2012年4月6日更新)
4月4日(水)に桜の開花宣言が出されましたが、週末から来週に京都が桜色に染まりそうです。なんでも桜の標準木が変更されたとか。祇園では140回を数える『 都をどり 』が始まっています。『 夢のような舞台やったね 』と笑顔で話される姿を楽しみにしています。今回で10回目です。チケットをお譲り出来ますので、是非お問い合わせ下さい。始まったばかりですので、中盤から後半の公演分に十分間に合います。それでは宜しくお願い致します。 ( 都をどりチケットお申し込み詳細 )
花の精、写真の精 (2012年4月1日更新)
天の邪鬼なのか、少し前まで花の写真を撮ろうとはしませんでした。全国から見にくる京都の桜も撮ろうとはしませんでした。ポートレイト、ブライダルや寺社仏閣の行事など、人が関わるものを主に撮影してました。それが3年前からでしょうか、仕事のことがありましたが、開放感のある広い世界を撮りたいということもあったと思います。桜を撮るつもりが、花見で幸せそうにしている人たちを見ることが好きで、どうしても花そのものというよりも人を絡めたものが撮りたくなります。この世に争いごとがあることが不思議なくらい、みんな幸せそうにしています。桜の花は、みんなを幸せにします。笑顔、笑顔、笑顔。こういった心境で撮影していたと思います。人を幸せにする桜の写真。楽しい雰囲気の中で撮影していますが、桜そのものをしっかり撮っていたという感覚がなかったことに今更ながら気付きました。

今年3月に入って、『 梅 』と向き合ってみようと思います。どうしてかな? 春の花を考えたとき、梅と桜と思ったのかな? 春の花といえば『 桜 』となる前は、『 梅 』だったということもあり、しっかり撮ってみようと思ったような記憶もあるようなないような。どうして撮ろうと思ったのか、はっきり覚えていません。梅といえば天神さんですので、真っ先に北野天満宮に行ってます。

梅は桜のように一気に開花せず、下から上に咲くといわれています。早く咲いた花は早くに枯れ出し、開花したばかりのもの、まだつぼみのものと混在してますので、向き合ったとき、どう撮ったら美しさが表現出来るか思い浮かばず、思考が止まります。更に枝が複雑で、『 梅の木 』としての美しさを感じるものを撮ろうとしたときも、これまた思考が止まります。梅の木を見て構図を考え、カメラを設定しても、花の位置や枝ぶりなどで納得いく構図を決めかねます。試行錯誤しながら撮り進めますが、納得いかなければ結局納得いかないものしか撮れていません。境内の梅をあれこれ見て回ります。どのように見てたか覚えていませんが、ある梅の木の前で立ち止まります。美しさを感じます。写真を撮る上でとても大切なことです。美しさを感じるところを見つけたら、どのように撮ったらその美しさが更に引き立つかを見定めるだけです。微妙な位置を確認しながら構図を決めていきます。根気の必要な作業です。

梅の木をあれこれ見て、1本の木に決め、その木をあれこれ見てという作業を続けていると、あることに気付きます。『 華道家は写真が撮れる! 』 カメラの扱いは難しいので思ったような写真は撮れないでしょうが、しっかりした構図を見極めることが出来ます。華道家がカメラを扱えるようでしたら、素晴らしい花の写真を撮ることでしょう。こんなことも考えていて、本気で花の勉強をしようと後日早速書店で花の本を見ます。作家としていけた自由な花の写真も載っていて、刺激を受けます。感性の幅を拡げてくれます。

前後しますが、この日は苦闘しました。その一番の原因は『 見てそうで、しっかり見ていなかった 』ということです。『 しっかり見るということがどういったことか 』ということを思い知らされました。見ることについてこれまで注意してましたが、それでも足りていませんでした。全体をしっかり見て、細部をしっかり見れば、おのずと美しさが見えてきます。どっしり腰を落として見つめたら、見えてきます。そのことを勉強させられました。つぼみのとき、花開いてるとき、枯れているときに関わらず、美しいと思えるものが撮れるでしょう。撮れないのは、力がないだけです。今の力でどこまで撮れるか。花や木の気持ちを感じれるようになりたい。幸せを感じたり、見惚れたりするような花の写真を撮れるようになりたい。そう、花見をしている人たちの幸せそうで楽しそうな笑顔になるような花の写真を撮れるようになりたい。

最初に書いた通り、どうして梅を撮ろうとしたのか判りません。並行していろいろなものを撮っていますので、梅の写真があったらいいかなと思ったのかもしれません。常日頃から『 見ること 』の大切さを意識していますが、光の陰影というどちらかというと抽象的な見方です。そこに今回、具象的なそのものをしっかり見ることを教えられました。私に常に寄り添っている『 写真の神様 』ですね。『 お前はまだしっかり見ていない。まったく見方が足りない。見るということがどういうことか解っていない。梅を撮ったら! 』とささやいていたのでしょう。


追伸
3月25日から上七軒さんの『 北野をどり 』、4月1日から祇園甲部さんの『 都をどり 』、4月7日から宮川町さんの『 京おどり 』、そして5月1日から先斗町さんの『 鴨川をどり 』と四花街で春のをどりが行われています。舞踊の流派、廓の伝統などからそれぞれの特色を感じて頂けるでしょう。また、芸舞妓さんの出番で舞台が違ったように見えます。それぞれの舞台を何度でも見てみるとより深く楽しめます。春の京都を楽しまれる際に是非をどりも楽しんで下さい。尚、秋の11月1日からは祇園東さんの『 祇園をどり 』が行われますので、予定して下さいね。五花街の芸舞妓さんがお待ちしています。
甘い季節 (2012年3月21日更新)
行く、逃げる、去る、と月日が経って行きます。3月14日はホワイトデーでしたが、どうでしたでしょうか。私は昨年からバレンタインデーに贈り物をするようになり、今回も2月14日に渡すつもりで進めました。家で作業しているときはラジオ( αステーション )をBGMにしてますが、女性DJが『 青木 定治(あおき さだはる) 』、『 小山 進(こやま すすむ) 』と度々口にしますので、自然と吉川メモに登録されます。最重要チェックです。ジェイアール京都伊勢丹で行われる『 サロン・デュ・ショコラ 』 なかなか口にすることのないお店が出店してたりと、味を知るにも絶好の期間です。

昨年はなんの下調べもなしの飛び込みで、ひたすら試食をしながら、そして『 完売 』を横目にしながら、大勢の女性陣に混じって、本当に汗をかきかき探したものでした。食べ物ですので、見た目も重要ですが味は大切で、試食はしたほうがいい。昨年、一番美味しいと感じたチョコを持って行ったお茶屋の女将さんから改めて『 あのチョコ、美味しかった 』と言われたときは、どや顔だったでしょう(笑)

で、今回。どんなお店が出店しているのか下調べしようと伊勢丹にチラシなどを聞きに寄ります。受付嬢に聞きますと、ダイジェスト版みたいなものを出してくれます。詳しいものはないですよねと期待せず尋ねますと、分厚いカタログを渡してくれます。40数ページもあります。この時の私は満面の笑みだったことでしょう。

ページをめくると美味しいチョコ、チョコ、チョコ。しか〜し、毎度の結構なお値段(笑) 渡す人の顔を思い浮かべながら研究です。お茶屋さんに置屋さんに芸舞妓さんにと持って行きますので、美味しくて楽しくて可愛くてウケてダブらずにとあれこれ考えます。ペンで書き込みながら、ページの耳を折っていきます。どれもこれも美味しそうで可愛くて、アーティスティックです。食の世界も芸術です。美味しさに見た目の大切さを強烈に感じます。そこに評判。写真も同じです。私は自分で味見して美味しいと思ったものを贈るようにしてますが、今回は青木さんと小山さんを軸に候補を決めます。青木さんの『 東京焼きマカロン 』は特に気になり、ウケそうです。

昨年の『 完売 』の表示が記憶に焼き付いてますので2月7日に早々に買いに行きます。賞味期限は2月末や3月末だろう。早いこともあり、催物場はそんなに混んでませんし、夫婦連れでしょうか男性もちらほら見掛けて、心強い(笑) 候補を中心に見て回ります。そして購入開始! なんといってもまずは青木さんの『 東京焼き 』 会場で焼いてます。『 賞味期限はどれほどですか? 』『 生モノですので本日中にお願いします 』『 あ、そうですか 』 早く買って、14日に持って行くつもりが、大きな計算違い発生!! 出直そうかと一瞬思うも、『 先取りが粋!? 』と無理やり納得して( なんか他でもあったな? )、今日持って行くことにします。『 東京焼き 』は包装も楽しい。今川焼きをヒントにしたということで、1個づつ今川焼きと同じような紙袋に入れてあります。受け取った時は一瞬安っぽいと思いましたが、すぐ『 あ、洒落てる 』と判りました。続いてあっちこっちで買っていきます。もちろん、私の試食分も買います。途中、『 これに入れて下さい 』と袋を多めに渡してくれます。助かります。これでバレンタインデーはバッチリ!! でも、やっぱり、2月7日はちょっと早いかな?!

『 これは5☆( 正確には5タブレット )に評価された青木さんの東京焼きです! 今川焼きをヒントにしていて今川焼き風に包装されてます 』、『 こっちは5☆を取った小山さんのチョコ! 』としっかり説明しながら渡し歩きます。私が『 ゴディバ 』を知らずに、ろくに味わいもせず、アッという間に食べてしまったことの反省です。いろいろな価値を知ることは大切です。そして出来るだけその価値の本当の意味を少しでも解る努力をしたいものです。それが『 本物 』であれば、人生に深みを演出してくれるのではないかと思います。

この日は写真展や書店に行く予定でしたので、ちょっぴり早いバレンタインデーに出来ました。けど、1週間前は早すぎだな〜 バレンタインデーの先取りは、『 粋 』じゃない!?


追伸
最近、いけ花の個展を見に行ってます。流派展などは見てますが、個展は初めてです。『 假屋崎 省吾 』さんが長楽館で行ってました。とても人気があるようですので、実際を見てみようと思った次第。チラシを見ただけで、他にはなんの予備知識も持ち合わせていません。私の感性にどんな刺激を与えてくれるのでしょうか。

会場は大勢の人で大盛況です。凄いなと驚きます。洋館洋室をとても華やかにするいけ花。辰年を意識してでしょうか、龍を感じさせる枝を用いて、華やかさの中にも大空へ駆け昇るような気配をもたせています。それから富士を思わせるような流木を多用されていて、日本を感じさせるように思えます。もしかしたら假屋崎さんが好きな流木の形なのでしょうか。和室では、とても大きな牡丹を使っている作品にどこかエロスを感じます。50点前後の作品は総じて華やかで、可愛さも感じます。假屋崎さんの人柄でしょう。ご本人が常時いらっしゃるということもあるのでしょうが、本当に大賑わいでした。

私にとって『 いけ花 』といえば、『 中川 幸夫 』さんを思い浮かべます。実際を見たことはありませんが、映像や写真集を見たとき、強烈な衝撃を覚えました。1点、1点、心が揺り動かされた『 壮絶な静 』の空間。中川さん自身がいけ花と同化し、そこにある『 いけ花そのもの 』です。『 愛するということ 』を考えさせられます。そう、中川さんは、『 花人 』です。
いつも通り (2012年3月12日更新)
カーテンを開けます。とても穏やかな朝。雲一つない、優しさを感じるような春空。今日は、2012年3月11日(日)。サイトのホームページになにげない京都の写真を掲載するようになってから、この日に撮影したものを当日中にアップすることを決めています。

自由にあちこち回る時間は取れませんので、日が近づくにつれ、どんな写真を撮ろうか、どこで撮ろうかということを考えるようになります。1年目という日ですので、特別な気持ちを込めたいと考えます。『 命 』、『 儚さ 』、『 自然の一部 』、『 有限 』、『 生(せい) 』などが浮かんできます。京都といえばどこだろう。清水寺、金閣寺、銀閣寺、京都タワーや哲学の道など考えながらも、鴨川沿いが好きで、なにげない風景が撮れるかなと思います。

前日になり、どうするかと考えながら、これまでのことを思い出します。掲載してきた写真は特別なことを考えずに、その日その時感じたことを素直に撮影してきただけでした。現地の現実は、復興の緒にもついてないところが多いと聞こえてきています。瓦礫の多さに津波を考えると元の場所にあっさり帰ることが出来ないなどでしょうか。悲しみを感じながらも、特別なことは考えず、いつも通り、その日その時感じたことを素直に撮ることにします。

さて、当日の朝、撮影しないといけないところがありますので、移動経路をどうするか決めます。京都マラソンも行われますので、町がどんな様子になるのか想像のつかないこともありますが、それはそれで楽しさでもあります。撮りたいことも自然と浮かんできます。あとは歩き回りながら、その時々に感じたことを撮っていけばいい。午後から天気は下り坂と予報が出ていますが、今の様子からは想像出来ません。これこそ自然のまま。

京都マラソンと観光客に分かれると思ってましたが、町中は人が少ない。京都駅のバス乗り場も少なかったっけ。観光客はどこに行ったんだろう。そうこう思いながらも、撮影箇所が多いので、急ぎます。

春を感じる陽気です。この気分を活かすような写真を考えます。フレア、ゴーストも取り込みたい。美しさを感じる写真を目指しますので、撮影するときには細部に至って気を配り、持てる技術をすべてつぎ込みます。何の変哲もないものこそ凝視すると細やかな配慮がなされています。決して中途半端で気を抜いたシャッターを押さないこと。私のカメラは命ですので、撮りたい意志のないものは決して撮らないとしています。その時無駄と思えたものは撮りませんし、仕事や作品に関係するものしか撮りません。撮りこぼしたと感じたら、それだけの技術や感性しか持ち合わせていなかったということ。常に意志をもって臨むことが大切だと考えています。感じたものを撮るだけ。だから、感性が重要。豊かな感性ならば多くを感じれるでしょうから、技術があれば豊かな写真を撮れるかもしれません。感性と技術は写真の必要条件。

瞬時の試行錯誤を繰り返しながら撮り進めます。途中、体が甘い物を求めますので、小休止で春の日差しを感じながらエクレアをほおばります。体はしんどいですが、心が幸せを感じる瞬間です。写真を撮ってるときは楽しいですが、このエクレアを食べてる時のような心穏やかな幸せは感じてないように思えます。そこまでの気持ちに成れるのかな。成れたら本当に幸せを感じる写真が撮れてるんだろうな。こんなことを考えたことは初めてです。新たな課題です。

そうこうしてますと、肌を刺すような風が吹き、時折、冷たい雨が降ってきます。この冷気はなんなんでしょう。感じたことのない人工的な嫌に感じるものです。真冬のような寒さ。ここにも温暖化を感じます。そして1年前のことを思い出します。『 現地は毛布が足りません 』

その時刻にあちこちから鐘の音が聞こえてきました。冷たい小雨の中、京都タワーは消灯してました。日は昇り、季節は巡ります。梅香り、桜が咲きます。春は、来ます。私の写真で少しでも心が潤いますように。
CM4時間見聞録!? (2012年3月9日更新)
最近、午後2時から6時過ぎまで4時間強、5分の休憩を1度はさんで、ひたすらCMを見て、聞くフェスティバルに行ってます。2011年にテレビ、ラジオで流れたCMで、ノミネート作品と受賞作品を一挙に流す『 ACC CM フェスティバル 』というものです。ストーリー性のあるドラマ仕立だったり、ドキュメントタッチだったり、社会風刺や時事を感じさせるものだったりと、CMは『 今 』を感じさせます。

日本をブロックに分けてノミネート作品が選出されていて、東北ブロックのCMには東日本大震災を取り上げたものがあり、現地から発信した声を聞けます。

2011年3月11日に生まれてきた子、記録するものがなく、子供の体に名前を書いたり、誕生時間をみんなで暗記したり、分娩室が駐車場だったり、新しい命を毛布にくるんで津波から必死で守ったり。絶望の中の希望のように感じます。『 ハッピーバースデイ3.11 』、日本ユニセフ協会によるもの。

震災後、仕事がしたくてもどこに仕事があるのか混乱していたこと。瓦礫を取り除く力仕事をひたすら行っていたり、仕出しを行ったりと目の前の現実と向き合う日々。映像は無限に拡がる瓦礫を映し出していました。現実と向き合いながら、出来る仕事を探しだし、取り組む人たちの姿。『 三陸に仕事を!プロジェクト実行委員会 』によるCMで、現地の人たちに収入のある仕事を求めるもの。被災地以外から人、資材を持ち込んで復興事業が行われているなどとも聞こえてきています。現地の会社や人が活かされますように。1年経ちます。現地の人たちの声が聞きたい。

地域性のあるCMは新鮮で楽しく、その中に国内外で高い評価を受けている九州新幹線のCMがあり、私の故郷の『 新八代駅 』が映し出されたときは大勢の人が集まってるなと特に親近感をもって見ます。

座り続けでお尻は痛くなりながらも、ショートムービーを見ている感覚で楽しみますが、映像美や感性への訴求力にカメラワークも見逃すまいとガン見します。丁寧なカメラワークだなと気になるものもあります。

写真の研究のために見に行ってますが、2011年の出来事はやはり特別なこととして私の中にあります。直接間接関係なく、自分に出来ることをやるだけだと思っています。現実から目をそらすことなく誠実に、『 今 』をしっかり歩んでいきたい。
次、いってみよう! (2012年2月26日更新)
いろいろなところに撮影に行きます。天気図で気圧の動きを確認し、青空が望める写真を撮れたらと思っていても、自然は自然な成り行きでその時々の表情を見せます。現場に向かう途中、車窓から空を眺めながら、どんな表情を見せてくれるかなと静かに思います。

撮影開始。青空なし。目の前に広がる世界と向き合います。雲の動き、土地の匂い、風、葉の揺れる音、ときより差し込む日光、日差しによって移り変わる色彩などから自分の中に様々な感情が現れてきます。これも記憶に残らない風景。意識しないと見えてこない風景。二度と見ることのない風景が目の前で展開しています。しっかり考え、心の声を聞きながら、撮影を進めます。天候、場所に関係なく撮れると思えるようになり、目の前に広がる世界と同化するような感覚になります。こうなるまでは向かい合ってたような感じだったかな。それに、どんな写真を撮るかとかどう撮るかなどを一生懸命考えていましたが、それはそれで大切ですが、その時見せる表情を大切にすること、素直に見つめるようになっています。その世界に溶け込んで感じる自分の心と会話をするような感覚でしょうか。

さて、今取り組んでいることは、心象写真の感覚をスナップに取り込むことです。心に響いてくる、いつまでも見ていたいと思えるようなスナップ写真が撮れるようになりたいものです。これまで同様、写真だけでなくあらゆる分野を研究していくのみ。人生は限られた有限の時間ですので、『 本物 』と感じるものに少しでも多く触れていきたい。この『 本物 』とはどういうものかと自分なりに考えます。最近感じているのは、『 実践で自在に使える技術を持ち、常に情熱をもって創作 ( 新作だけでなくクラシックからコンテンポラリー ) に取り組んでいるもの + 手間を惜しまない 』と思うようになっています。学問、芸術、スポーツ、分野を問わず『 本物 』に接すると意識が変わってきます。強烈な刺激を受けます。少しでも自分の中に取り込み、表現に活かせるようになりたい。

ところで最近、先入観をもって臨んでいた自分がいました。ある状況に程遠かったので写真にならないと思ってしまい、撮らずにいました。天候待ちです。いつでも撮れる準備は出来ていて、不意にどんなものが撮れるかと何気にシャッターを押します。モニターを見ると思ってもいなかったものが撮れています。今でも撮れる。考えていたものとは違うけど、写真になるかも。そうやって撮り始めましたが、今の季節を感じるものになっていそうです。このときも絞り、シャッタースピードなどいろいろな設定で撮っていますが、世界が広がった瞬間でした。何気に押したシャッター。これも写真の神様かな。『 なんでもいいからシャッターを押してみて! 』と私の周りで言ってたのかな。カメラの設定やその時の状況など偶然に偶然が重なったからですが、どんな状況であっても先入観なしに撮ってから判断することが大切だと痛感しました。よ〜し、次だ!
2012都をどりチケットについて (2012年2月10日追加)
節分の時期には雪がちらつく記憶が出来ています。今年も雪が舞いました。めっきり寒い日がありますが、日差しは少しずつ長くなり、暖かな季節に向かっています。祗園ではいつもの通り、地方( じかた、唄、三味線、笛 )さんにお囃子( 笛、小鼓、太鼓、大皷 )の出番の立方( たちかた )さんの春に向けてのお稽古が始まっています。そう、『 都をどり 』です。今年で140回を数えます。『 夢のような舞台やったね 』と笑顔で話される姿を楽しみにしています。桜の開花予想は3月30日( 木 )ごろ ( 日本気象協会、2012年2月22日発表 )だとか。桜色に染まる京都をゆるりとお過ごし下さい。今回で10回目です。チケットをお譲り出来ますので、是非お問い合わせ下さい。宜しくお願い致します。 ( お申し込み詳細 )
そこにあるもの (2012年1月30日更新)
詩を詠むような写真、それを『 心象写真 ( フォトエッセイ ) 』と言います。撮影者が感じたコト・モノを見る人に伝わるように撮ることはなかなか難しい。写真を見た方が同じように感じてくれたら、それはとても嬉しいこと。ただ、違うように感じても、それはそれでいいこと。なにかを感じてもらえたら嬉しいこと。詩、小説や絵画でも、作者と同じように感じることはなかなか難しいことではないでしょうか。なにかを感じれば、それでいいように思う。

この心象写真を撮るために、さまようことがあります。ある時、『 なにか楽しく感じるもの 』を撮ろうとして、さまよいます。なんにも撮れずに帰ります。またある時、『 寂しさを感じるもの 』を撮ろうと、さまよいます。また、なんにも撮れずに帰ります。なかなか撮れずにいました。偶然、撮れることもあります。特別なことはなにも考えず、見て感じたまま撮っているときに偶然、撮れています。

昨年から常に詳細に陰影を見つめたり、リズム感やデザイン的な要素を感じるものがないかなどと考えながら移動するようにしています。見てるだけで面白いものです。電車の中だったり、歩きながらだったり。別にきょろきょろしなくても大丈夫。こんなことをしてますと、今まで見えてなかったことが見えてきます。そして今年に入って、なにか撮るものがないかと特別な目的もなく、さまよってました。すると色々なモノが語りかけてくるように感じました。美しさを感じるようにそれらを撮りたいと向き合います。やっと世界が広がりました。視線に入っていても、見逃していた風景。記憶に残らない風景。しかし、向き合うと、強烈に語り出します。なにかを感じるようになります。季節や時間、天気に関わらず、撮っていけそうです。それらは捜し歩かなくても、身の周りのいたるところに感じることが出来るでしょう。やっと感じることが出来そうです。そしてジャンルを問わず大切なことが、ここにあるように感じます。

私は笑顔になり幸せを感じられるような写真を撮りたいと思っています。大切な場所にずっと飾ってもらえるような写真を撮りたいと思っています。そしてパラッとページをめくる度に、笑顔になるような写真集を創りたいと思っています。一生勉強は続くでしょうが、いろいろな条件がそろいだしたように感じてます。やっと表現出来そうです。写真が語り出すようになりそうです。


追伸
ある公演に行く前に書店に寄ります。頭は公演のことで一杯で、手にした本を虚ろに見ます。ボーッとしか見ることが出来ません。今日は見ても無駄だ。それでも写真集のコーナーをのぞくだけ覗こう。最後に手にした写真の本が、世界のトップアーティストを紹介したものでした。これを見たら私の写真はまだまだ子供だましだと思えてきます。なんて凄い写真を撮る人達がいるんだ。まだまだ私にとっては最低限のことだけど、心象写真のことで相当撮れるようになったと感じたところでした。写真の神様がつぶやいてます。『 お前はやっと最低限のことを感じるようになっただけ。そのような人達は世界に五万といる。まだまだ、全然。 』 不思議と落胆や気遅れなどしませんでした。どこかに嬉しくなる私がいました。
表現の扉 (2012年1月17日更新)
雲が激しく流れ、晴れたり曇ったりと猫の目にように移ろう天気のとき、時々の様子を見ながら、『 ひなたと曇り 』、『 日陰と曇り 』、『 ひなたと日陰 』のときに撮影すると少し前までしていました。私の中で『 決め撮り 』と呼んでいます。例えば、『 ひなたと曇り 』で撮るとしていたとき、日陰で撮りたい場面に会っても即座に対応することが出来ないことがありました。カメラにプログラムされている露出で撮れないことが少なからずあるので、自分自身でその時々設定していますが、すべてに瞬時に対応する技術を持ち合わせていませんでした。どうにか出来ないかと試行錯誤していて、昨年後半に対応方法のヒントをつかみ、昨年末にほぼ対応出来る技術を身につけます。雲の流れと被写体の動きをしっかり見て、露出決定。これまでもスナップで100%に近いくらい露出ミスはありませんが、これでどんな状況でも撮影出来るようになり、更に幅が広がります。スナップにおける露出決定で大きな課題は解決したようです。実践で使えるしっかりした技術を向上させると心に余裕が出来、数秒という時間であっても落ち着いて撮り切ることが出来るようになります。

最近1、2年の室内外、初めての場面の撮影において冷静な判断の元、しっかりしたものを撮り切っています。露出、光の種類、ストロボワーク、ピントなど技術面に関して全カットでしっかりしています。技術に関する課題は思いつかなくなりました。今後は表現に対する技術力を磨いていくようになるのでしょう。

陰影を厳しく判断する目やリズム感・デザイン的要素を感じる構図など仕事や作品のレベルを向上させることへの取り組みを加速させていきます。感性です。写真の神様はいろいろなものを常に見せてくれます。写真の神様初級編から上級編というような感じでありとあらゆるカタチで目の前に出現させてくれています。それらを感じることが出来るかどうか。写真、絵画、立体、華、舞台、映画、音楽、料理、建築、インテリアなどなどあらゆるものに接して自分の感性に取り組もうとしています。歩いているときも、陰影を見て、ディスプレーを見てと自然に気付く感性にするようにしています。身の回りのいたるところに『 それ 』はあるのでしょうが、まだまだそこまでの感性にはほど遠い。あふれんばかりの出版物に、インターネットで欧米の写真事情を研究することが出来ます。書店に寄るときは数十冊の書籍を見て、気になる写真が掲載されてるものがあれば求めます。感性の幅を広げるには常に研究が必要です。みんなが笑顔で見るような美しさのある写真につなげたい。そして独りよがりでないだれもみたことがないような写真表現につなげたい。

写真は撮らないと始まりません。そして撮った写真を見て、よかったところ、そうでないところをしっかり確認して、次へつなげる。よかったところは伸ばし、そうでないところは修正していきます。この繰り返しです。自分の感性にないものを自分のものにするには、それを研究し、撮影して、自分のものにしていく練習が必要です。どうやったら自分の感性に取り込むことが出来るか、常に試行錯誤です。まねするだけではだめだと思っています。自身のものにアレンジすることが必要です。どうやったら自身の個性に昇華させることが出来るかです。

今の私は小正月の1月15日を終えたとき少しばかりの余裕が出来ます。ただ、撮影したいものは常にありますので、シーズンオフみたいなものはありません。毎日天気が気になり、この天気ならあそこに行きたい、ここに行きたいと思っています。どんな光景を見せてくれて、自分の感性がどう反応するかはその時次第で1度きりのこと。自身も含めた2度とない自然の中でどんな旋律を奏でることが出来るのかと思っています。自身を取り巻くものと一体になれるかどうか。なんだか表現の扉が開きだしたように感じてます。


追伸
昨年末から写真のレタッチをするとき、常のαステーションかインストバンドの『 L.E.D. 』を聞きながら行ってます。昨年末リリースされた『 Music For Cinemas e.p. 』はとても心地いい。枚数限定ですので完売かもしれませんが、是非聞いてみて下さい。メンバーは今年2012年、『 フジロックフェスティバル 』に出たいと言っています。主催者さん、いい音楽です!
 


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