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殿社等 |
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・御本社 |
創立以来火災による事6回、その都度再建され、又修復は6回以上を数える。 現今の御本殿は正保3年焼亡し、承応3年(1655年)再建されたもので、一般には祇園造と称し、重要文化財に指定されている。 その構造は夫々独立した本殿と拝殿とを同一屋根で覆った形で、桁行七間、梁間六間、入母屋造桧皮葺、東西北面庇付、正面三間向拝付、北庇に三間閼伽棚付となっている。 さて本殿の前方梁間二間は礼堂であり、後方梁間四間が身舎である。 |
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・南楼門 |
元治の火災により焼亡、明治12年再建。 |
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・西楼門 |
四条通に面するこの楼門は応仁災上の後明応6年(1498年)竣工、桧皮葺であったが永禄12年(1558年)頃本瓦葺となり、大正に至り四条通拡張に伴い左右の翼廊を建立す。この楼門は夜叉門又は篭門も云い、三間一戸、切妻造、南北四間一尺、東西二間三尺、木割は細く軽やかで優美、重要文化財に指定されている。 |
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・諸舎 |
常盤新殿、儀式殿、舞殿、能舞台、絵馬舎、神輿庫、参集所、斎館、清々館、茶室、手水舎、授与所、常盤殿、社務所、文庫、倉庫等。 |
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・常盤殿 |
昭和31年6月新町六角下ル三井邸にあった常盤御殿を移築す。 御殿は元新町上立売上ル門跡寺院、光照院の寝殿にして寛政元年幕府より黄金千両を寄進され、光格天皇より常盤御所の名を賜わる。 後尚徳小学校の講堂となりし時、明治10年6月28日学時奨励の為明治天王、この御殿に親臨されし事あり、後三井邸に移ったもので、本格的な書院造り、屋根はむくり建坪80坪余、襖絵は土佐光武、望月玉渓の筆になる。 |
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・石鳥居 |
明神鳥居で昔は三の鳥居と云い、正保3年江州木戸より石を曳き建立、寛文2年(1662年)5月地震により倒壊、酒井雅楽頭により寛文6年(1666年)5月補修再建さる。柱高四間二尺、太さ一丈一尺、貫長七間、同広さ二尺三寸、同厚さ一尺八寸、笠木七間半。文化財に指定されている。 |
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・忠盛灯籠 |
忠盛が白河法皇のお供をして通りかかった祇園社で油坊主を捕らえた事からこの名がある。 |
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・月下氷人石 |
天保10年の建立、尋方、教方が刻んであり、この名がある。 |
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・宝物 |
祇園社古図後醍醐天皇元徳3年(1332年)。祇園社家記録7冊。祇園社家条々記録1冊。祇園社記及続録59冊。獅子狛犬1対、源頼朝奉献。豊後国行平太刀1口。出羽大掾藤原国路太刀3口。越中守藤原正俊太刀3口。円山応拳、双鶏図。池大雅、蓬来山図。外舞楽装束、同面、刀剣類。大名行列図、釣狐図、算法図、大筒図、仁田四郎忠常斬猪図。平忠盛捕祇園社僧図、蘭亭図、等の絵馬(百数十点)。 |
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