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清和天皇貞観5年(862年)疫病天下に流行せる為、御霊会を神泉苑に執行してより毎年夏秋に行う事を恒例とす。 同18年夏又疫病が流行したので、鉾66本を建て御霊会を行ない神輿を神泉苑に奉じ執行す。これが祇園祭の起源とされている。 円融天皇天禄元年(970年)に至って6月14日を以って御霊会定式とされる。 然し祇園祭も時代と共に盛衰し、応仁を境として南北朝時代に作られた山と共にその数も減じたものの、室町時代を経て江戸時代に入るに従い益々華麗さを加え、世界的な祭として今日に至っている。 祇園祭は神輿渡御と山鉾及び花傘巡行とよりなる。 7月17日午前9時、四条烏丸より32基の山鉾が巡行し、午後6時御旅所へ素戔鳴尊の神輿(六角屋根)、櫛稲田姫命(四角屋根に宝珠)、八柱御子神の神輿(八角屋根に鳳凰)の三基の神輿渡御がある。 7月24日午前10時半寺町御池より十数基の花傘が巡行し、午後6時よりは神輿三基が神社へ還幸する。 神輿は荘重且つ荘厳にして比類を見ないものであるが、山鉾の芸術的香りの高い見送り、水引、胴懸、金具等祇園祭に相応しく豪華絢爛目を奪うものがある。又その祇園囃子の音色は京都に相応しい優雅と心のふるさとを思わせる。 又7月24日の花傘は、山鉾の原始的形式を具えると共に芸能所作を中心として組織されているのが特長である。 |
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・鉾(九基) |
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長刀鉾 | (四条通東洞院西入)鉾頭は三条小鍛冶宗近作の長刀。八寸余の人形を天王様と云う。 |
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月鉾 | (四条通室町西入)鉾頭は月を置く。人形は月読命。 |
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函谷鉾 | (四条通烏丸西入)鉾頭は山形に月を置く。盂嘗君の故事による。 |
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放下鉾 | (新町四条上)鉾頭は日月星三光の形。洲浜に似ているので洲浜鉾とも云う。真木の像は放下僧。 |
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鶏鉾 | (室町四条下)鉾頭は太陽と雲に擬し、長鳴鶏を表徴する。 |
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菊水鉾 | (室町四条上)鉾頭は菊花を挿し、天王座には彭祖像を祀る。この鉾は元治元年に焼失、昭和27年再興。 |
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船鉾 | (新町綾小路下)神巧皇后、住吉神、鹿島明神を祀り、阿曇磯良が満珠乾殊を捧ぐ。皇后の神面は安産に奇端ありと云う。 |
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綾傘鉾 | (綾小路室町西入)舞と棒振を伴う傘鉾が昭和54年に再興。 |
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四条傘鉾 | (四条通西洞院西入)臨済宗早雲寺の国宝の文台裂を再現、昭和59年に再興。 |
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・山(二十三基) |
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保昌山 | (東洞院高辻下)花盗人山と称し、平井保昌、宮中女官を恋い、南殿の紅梅を手折りし伝による。 |
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郭巨山 | (四条西洞院東入)二十四考の郭巨が母を養う為に、子を捨てんとし、土中に黄金釜を得る故事による。釜堀山とも云う。 |
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芦刈山 | (綾小路西洞院西入)謡曲芦刈による。 |
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白楽天山 | (室町綾小路下)禅師道林と白楽天が問答をする姿を写す。 |
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太子山 | (油小路高辻上)四天王寺建立の為、聖徳太子が愛宕山の樹を伐りし伝による。 |
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伯牙山 | (綾小路新町西入)鐘子期歿して己の琴を聞く人なきを嘆き伯牙が琴絃を断ちし故事による。琴破山とも云う。 |
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占出山 | (錦小路烏丸西入)神功皇后の鮎を漁して占いたる故事による。 |
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木賊山 | (仏光寺西洞院西入)謡曲木賊による。 |
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山伏山 | (室町錦小路)浄蔵貴所が八坂塔の傾斜を法力で直した故事による。 |
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孟宗山 | (烏丸四条上)二十四考の孟宗が雪中に筍を得る故事による。 |
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油天神山 | (油小路仏光寺上)菅神像を祀る。 |
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霰天神山 | (錦小路室町西入)火除の神として天神像を祀る。 |
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岩戸山 | (新町高辻上)岩戸開きの故事による。 |
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北観音山 | (新町六角下)楊柳観音を祀る。 |
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鯉山 | (室町六角下)竜門の滝を模す。 |
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橋弁慶山 | (蛸薬師烏丸西入)弁慶牛若丸の伝説による。 |
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役行者山 | (室町三条上)役行者の修行を写す。 |
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黒主山 | (室町三条下)大伴黒主を写す。 |
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八幡山 | (新町三条下)八幡宮を祀る。 |
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鈴鹿山 | (烏丸三条上)鈴鹿御前を祀る。 |
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浄妙山 | (六角室町東入)筒井浄明と一来法師の戦の様を写す。 |
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南観音山 | (新町蛸薬師下)楊柳観音を祀る。 |
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蟷螂山 | (西洞院四条上)からくりの「かまきり」を御所車にのせた異色の山。昭和55年再興。 |